
健康経営は、未来への企てだ。
「企業は、“企てを生業にする”のが仕事なんだから、企てることを怠ったら、廃れちゃうよね」
平野副理事長と、よくこんな話をします。
これは「企業」という言葉の語源ではありません。私たちなりの、言葉遊びです。でも、企業の本質を案外うまく言い当てていると思います。
社会に必要な仕事を企てる。その企てに賛同した人が集まり、それぞれの力を持ち寄る。企業とは本来、未来についてあれこれ企む、創造的な場所です。
ところが、企てる相手である社会は、じっとしてくれません。
生まれる人より亡くなる人が多くなり、人口は減っていく。進学や就職を機に若者は大都市へ移り、地方では過疎化が進む。地方の企業では「仕事はあるのに、人がいない」。大都市では「地方の親に介護が必要になり、今までどおりには働けない」。
人口動態は、統計表のなかだけにあるのではありません。ある日突然、「採用できない」「転勤できない」「フルタイムでは働けない」という形で、会社のドアをノックします。
そこで、健康経営です。
まず、企業には働く人の安全と健康を守る責任があります。危険のない職場をつくり、健康診断を行い、結果を知らせる。必要に応じて医師の意見を聴き、仕事や勤務時間を見直す。長時間労働やメンタルヘルスの問題にも対応する。
健康診断を実施して、「今年も受診率100%。以上!」では、健康管理は終わりません。社員が安全に、安心して働き続けられるところまで考える。労働安全衛生は、健康経営の古い形ではなく、欠かすことのできない土台です。
では、その土台の上で、どんな企てをするのか。
例えば、健康診断で生活習慣の改善が必要とされた社員に、「全員で一日一万歩チャレンジ」を案内したとします。
実にわかりやすい。ポスターもつくりやすい。歩数ランキングを発表すれば盛り上がりそうです。
しかし、高血圧の人と膝が痛い人では、必要な支援が違います。夜勤の人、育児や介護に追われている人、車いすを利用する人に、同じ一万歩を求めるのも無理があります。
健康課題はバラバラなのに、会社の処方箋は全員同じ。これでは、一万歩を達成できる元気な人だけが、ますます元気になる企画になりかねません。
それなら、「全員で一万歩」ではなく、「それぞれの一歩チャレンジ」にしてはどうでしょう。
「昨日より少し歩く」「食事を一つ見直す」「ストレッチをする」「医療機関を受診する」「今日は思い切って休む」。一人ひとりが自分に合った一歩を選び、必要なら産業医や保健師が伴走する。
全員を同じ方向へ歩かせる「一律」から、それぞれが参加できる道を用意する「公平」へ。その先にあるのが、誰もが安心して能力を発揮できる「平等」な職場です。
ただし、会社が社員の健康をすべて背負う必要はありません。上司が毎晩、「野菜を食べましたか」「何時に寝ますか」と確認し始めたら、健康支援ではなく健康監視です。社員の健康を大切にすることと、私生活まで管理することは違います。
会社は、安全と安心を整え、情報と選択肢を提供する。社員は、自分の健康と働き方に向き合い、自ら選び、行動する。必要なのは、管理する側とされる側の関係ではなく、互いの役割を果たすパートナーシップです。
一万歩をそろえるより、一人ひとりの一歩を応援する。
健康経営とは、社員を同じ型にはめることではありません。社会と社員の変化を面白がりながら、誰もが力を発揮できる会社を、ともに企て続けること。
企てることをやめない会社は、きっと健康経営もおもしろい。
2026年9月
理事 樋口 毅



















